2009年04月18日 (土)
薄暗がりの道場の中で、二人の少女が互いの武器を打ち合わせた。
金属と金属が小擦れ合い、火花を散らす。
この桐山道場の一人娘、桐山さつきが裂帛の気合いと共に手にした日本刀を上段から振り下ろす。
落雷の如き刃が、対峙する少女、麻生夕紀の頬を薄く切った。
赤い雫が一筋、頬を流れる。
紙一重で交わした夕紀は、人間とは思えぬ速さでさつきの脇を走り抜ける。
再び金属音が響く。
さつきは返す刀で脇腹を防御したがわずかに切られ、二筋の赤い染みが道着に広がっていく。
振り返ったさつきは刀を正眼に構えた。
夕紀も両手の小刀を体の前に構え、ゆっくりと間合いを測る。
金属と金属が小擦れ合い、火花を散らす。
この桐山道場の一人娘、桐山さつきが裂帛の気合いと共に手にした日本刀を上段から振り下ろす。
落雷の如き刃が、対峙する少女、麻生夕紀の頬を薄く切った。
赤い雫が一筋、頬を流れる。
紙一重で交わした夕紀は、人間とは思えぬ速さでさつきの脇を走り抜ける。
再び金属音が響く。
さつきは返す刀で脇腹を防御したがわずかに切られ、二筋の赤い染みが道着に広がっていく。
振り返ったさつきは刀を正眼に構えた。
夕紀も両手の小刀を体の前に構え、ゆっくりと間合いを測る。
二人の持っている刀はそれぞれ刃引きの物で、刃の部分を潰してあるので普通ならば切れる事はない。大きなペーパーナイフのような物だ。
なのに、服さえも切り裂いて体に傷をつけているのは、さつきの技量が達人レベルだという事と、夕紀の速さが尋常なものではないからだ。
二人の全身は汗と汚れにまみれ、そこかしこに痣や切り傷を負って血を滲ませていた。
時間は今日の朝まで戻る。
孝一たちと別れたさつきは『話がある』と夕紀に言われ、さらに『孝一先輩について、重要な話です』と付け加えられた。
孝一を心配そうに見送った夕紀の目を見て、冗談などではないと判断したさつきは、ならばと自分の家で話を聞く事にしたのだった。
「はい、お茶どうぞ」
「あ、お構いなく」
「それで、話って何?」
庭の鹿威しが、小気味よい音を響かせる。
純和風の桐山家の居間でお茶をすすりつつ聞いたさつきに、夕紀がためらいがちに、だがはっきりと言った。
「桐山先輩、孝一先輩の為に戦う事が出来ますか?」
「・・・何ですって?」
「孝一先輩は、今、なにか大きなトラブルに巻き込まれています」
訝しげな顔をするさつきに、夕紀は昨夜公園で起きた事を語り始めた。
外国人の少女に話が及ぶと、さつきも学校での襲撃事件を語り、図らずも情報交換をする形となった。
結果、二人が戦ったのは同一人物だろうという結論に至った。
「・・・つまり、その外人の女の子、あるいはその仲間たちが学校の破壊事件、それに小中学校で生徒たちの気分が悪くなった事件にも関わってるって言うの?」
「私と孝一先輩はそう考えています。全く別の勢力の可能性も捨てきれませんけど」
正体不明の敵が現れ、校舎を破壊するなどし、広範囲で暗躍している可能性。
それが結ばれたばかりの、大切な少年を狙っている。
ならば、さつきの心が決まるのにそう時間がかかる事ではなかった。
「・・・それで、あなたはどうするつもりなの?」
「当然、戦いますよ。私にとって孝一先輩は仕える主も同然です。それこそ一生側にいるつもりですから」
「忍者の末裔の意地か。ふふ、後輩にばっか、いいカッコさせる訳にはいかないねぇ。何より、孝一にはこの道場を私と一緒に継いでもらわなきゃならないんだから」
うふふふふふふ、と低い笑いを互いにぶつけ合う少女剣士と忍者娘。
水面下での牽制はどんな戦いでも行われる物である。
「それにしても、どうして私に声をかけたの? 上手く一人で孝一を守り切れれば、好感度が一気に上昇してたろうに」
「いくら何でも、一人で相手をするには相手の正体が不明すぎますよ。身近で戦闘が出来そうな人って、桐山先輩しか思いつかなかったし」
「まぁ、私以外には・・・いないわねぇ」
「なんたって、『桐山が抜けば屍の山が出来る』なんて言われた人がご先祖様ですもんね。期待してますよ~?」
お茶を持つ、さつきの手が止まる。
場の雰囲気ががらりと変わり、庭で鳴いていた鳥の声が一斉に消えた。
この部屋と周囲だけが、喧噪と切り離されたように静けさに満ちていった。
「・・・さすが藤林の末裔、か。こっちの事もかなり知ってるみたいね」
「幕末に暗躍した人斬り、『桐山誠三(きりやま せいぞう)』・・・。明治新政府が誕生してからも、色々と陰で活躍してましたからねぇ。ウチの先祖が残した記録で『彼の者、まさに剣の鬼なり』とか、散々愚痴ってましたよ。桐山先輩の家が警察関係に覚えがいいのも、その辺が少なからず関係してるんでしょう?」
「こーりゃ参った、そこまで知ってるとはね。でも、それを言ったらお互い様よ? 時には味方、時には敵として争った麻生の忍びには、何度も煮え湯を飲まされたって、誠三さんの日記に書いてあったわよ」
二人が茶菓子の羊羹をモグモグしながら不敵に笑いあう。
夕紀が自分と桐山家の先祖の関係について知ったのは、祖父母からの情報だ。
聞いた時は『へー、そーなんだー』程度にしか思わなかったのだが、孝一の事件に絡み、さつきとの共闘を考えた時は不思議な縁を感じた。
さつきにしても、夕紀の名字を知った時は『まさかねー』としか考えていなかった。ここで先祖からの因縁を知り、彼女もまた奇妙な縁を感じていた。
「孝一を巡るライバルにして、あいつを守る仲間になるのか。・・・ちょっと待って、そんな危険な状態なのに、何で孝一と離れたの!?」
「昨日の今日で、すぐまた襲ってくるとは考えにくかったからです。あの金髪さん、どうも単独行動をしてたみたいだけど、いきなり呼び戻されたみたいでした。孝一先輩の事を後回しにするような、何らかの用事が出来たと見たんです。直後に学校の破壊と小中学校の事件・・・」
「そっちの方に取りかかって、ひとまず孝一には手を出さないだろう・・・そう読んだ訳?」
「はい」
さつきは内心、舌を巻いた。
この何処にでもいるような後輩の女子高生が、これほど優れた洞察力を持っていたとは。
これも血によるものかと、さつきは彼女に対する認識を大幅に変更するのだった。
「それに・・・、篠宮先輩の邪魔をしたくないってのもありましたしね。何かすっごいお嬢様みたいだったし、セキュリティのしっかりした家の中で・・・っていうなら安心かなって。あの金髪さんも、人のいない時と場所を選んでるみたいですし」
実際には、百合香は孝一と二人だけで出かけてしまい、窮地に陥る事になる。
この点だけは、夕紀の予測が外れてしまったといえるだろう。
ここで、さつきがマネキンのような顔をして両手を上に上げた。
「・・・何ですか? それ」
「脱帽。いやぁ参った! あんた私よりずぅっと頭良いわ!」
「い、いや、その、そう思ったってだけで・・・」
「謙遜しなくていいよ。一緒に戦うのにすっごい頼もしいわ。・・・よし、それじゃあ道場行こうか」
「道場?」
「お互いの実力、知っておく必要があるでしょ?」
道場に移動した二人は、剣道着に着替えて練習用に使われている刃引きの日本刀と小刀を手に、軽く手合わせをする事にしたのだが・・・。
打ち合わせる前に構えを見ただけで、さつきは夕紀がど素人だと見抜いてしまった。
「うーん・・・ごめん、今のあなたとじゃ手合わせできない」
「やっぱり、読気術だけじゃ駄目ですか・・・?」
「駄目ね」
「はぅ」
夕紀はシュンとうなだれる。
読気術をマスターしてるとはいえ、公園で戦う事ができたのはあくまで先祖秘伝の薬のお陰である。それが無ければ夕紀は優秀ではあるが、只のテニス少女に過ぎないのだ。
「強化する薬を飲みなさい」
「でも・・・あれは・・・」
「自惚れないで」
さつきの全身から、殺気が放たれた。
刃で作られた鎖が全身に絡みついて縛り上げたかのように、夕紀の全身が硬直する。
もしも夕紀が多少なりとも忍者としての修行を積み、公園での実践を経験していなかったら、小便を漏らしてへたり込むくらいの事態になっていたかも知れない。
それほどの、容赦の無い殺気であった。
「誠三さんは、その薬を飲んだ麻生の忍びと互角に渡り合ったのよ。私は半人前だけど、今のあなたはそれ以下よ。薬を飲んで、ようやく五分と考えなさい」
「っ・・・分かり、ました」
さつきの鋭い視線を受け止め、夕紀は体を縛っていた殺気を払ってポケットから小さなピルケースを取り出した。
五つに区切られたケースの中には、直径五ミリほどの丸薬が入っていた。それぞれの丸薬は黒、赤、白、青、黄の五色に色分けされている。
強力な力を生み出す先祖伝来の秘薬だが、やはり相応の副作用がある。
軽いものなら数日続く筋肉痛や倦怠感、吐き気や微熱程度で済む。
同時に二種類まで使用するなら、疲労回復・栄養補給の黄色の丸薬を服用すれば副作用はほとんど発生しない。
同時使用が三種類を超えると症状が一気に酷くなる。
四種類ともなると、体の組織が一部崩壊、壊死するなどの可能性も出てくるのだ。
黄色も含めた五種類を同時使用すると、命に関わる。
祖父母からは、絶対に使ってはいけない、とだけきつく忠告されていた。
効果の持続時間は丸薬の量で調整する。
個人差もあるが、一粒で約二十分前後。
夕紀の場合、三十分ほど効果が持続するのを確認している。これだけ長く続くのは希有な例であった。
これは夕紀の体質が、薬の効力を引き出すのに適したものだったからだ。
祖父母は体質の事を知り、後継者として相応しいと大いに喜んだものである。
(あの時と同じ、『疾風』と『仁王』でいくか・・・)
白と黒の丸薬を一粒ずつ飲み込むと、体の中に溶け込んでいくのを感じた。
すぐに使えるように、この秘薬は即効性なのだ。
「お待たせしました」
「オッケー。それじゃ、始めましょ」
「っ!?」
三メートルはあった間合いを、一瞬で詰められた。
閃光のような突きが、夕紀の胸に迫る。
胸に突き刺さると見えた瞬間、夕紀の姿が消えた。
「くっ!!」
さつきは顔を動かしもせず、刀で右の空間を薙ぎ払う。
「きゃあっ!」
それを受け止めたのは、逆手に持った夕紀の小刀であった。
さつきは突きを躱された時、夕紀の気配だけで攻撃の軌道を読んだのだ。
夕紀の方も、瞬時にさつきの死角へ回り込んで攻撃を入れようとした瞬間に読気術で迎撃を悟り、受け止めたのである。
だが、力ではさつきの方が勝っていた。
受け止めた夕紀の体は、そのまま弾き飛ばされてしまった。
着地して体勢を立て直した夕紀に、ゆっくりとさつきが体を向ける。
「け、結構えげつないですねぇ、桐山先輩」
「先手必勝ってね。あなたもたいしたものだわ、あれを躱した上に、ちゃんと反撃するなんて」
会話が途切れる。
今度は夕紀が瞬間移動に近い速さで攻撃に入る。さつきはまたも気配だけでその攻撃を受け止め、夕紀を弾き飛ばす。
はずだった。
伝わるはずの衝撃が来ない事に気づいた時には、背後に回り込んだ夕紀の小刀がさつきの首筋に触れる寸前であった。
その攻撃が空を切る。
深く沈み込んださつきは、その態勢のまま、振り向きざまに夕紀の足下を薙ぐ。
それをジャンプして躱すと、夕紀は再び距離を取った。
「やるわねぇ・・・今のは冷やっとしたわ」
「躱されちゃ、意味ないですよ」
夕紀はスピードを生かした一撃離脱戦法を使い、さつきはそれを迎撃、夕紀には劣るものの驚異的な瞬発力で間合いを詰めて強烈な一撃を見舞う。
後は多少の違いはあれ、このパターンが延々と続き、冒頭のシーンへとつながる事になる。
(やっばいなぁ・・・ムチャクチャ楽しいわ、彼女・・・!)
(桐山先輩やっぱり強い・・・! 何だろう、まだずっとこうしていたい・・・!)
互いの強さを受け止め、認め、ぶつけ合う事に喜びを感じ始めている二人。
特にさつきは、孝一に一本取られた時の感動に近しい物を感じていた。
二人は休憩も取らず、ひたすら剣戟の音を響かせる。
夕紀は薬の効果が切れそうになるたびに、新たな薬を口に放り込んで効果を持続させる。
だが、これはかなり無茶な事をしているのだ。
黄色の丸薬による回復にも限度がある。
強制的な持続時間の延長は、着実に夕紀の動きを鈍らせていった。
一方、さつきも限界が近かった。
鍛え上げているとはいえ、人間離れした夕紀の攻撃をしのぎ、反撃するのは想像以上に体力、精神力を消耗する。
二人とも、終わりが近づいている事を悟っていた。
「はぁ、はぁ・・・そろそろ・・・、終わりにしましょうか・・・」
「ふぅ・・・そう、ですね・・・。ふぅ・・・いい加減、お腹もすいちゃったし」
残った気力と体力を振り絞る。
二人の体が、放たれる寸前の弓矢のように張り詰める。
「はあぁっ!!」
「せえぇぇえぇっ!!」
これまでを上回る速度で、正面からさつきに肉薄する夕紀。
それを上段からの津波のような一撃で迎え撃つさつき。
両者の刃が互いの体に触れそうになったその時、
「それまでぇっ!!」
怒号に近い叫びが、道場に鳴り響いた。
さつきの刀は、夕紀の額を割る直前で動きを止める。
夕紀の小刀も、さつきの胸に突き刺さる寸前で止められた。
怒号の主が、道場の明かりをつけて入ってくる。
顔中に髭を生やしている、厳つい男だった。パリッとしたスーツに身を包んでいるが、それは内側の筋肉に押され、その形を表面に浮かび上がらせていた。
全身から放たれる迫力は、さながら野生の熊を思わせるものだ。
「まったく、興奮に溺れて加減を忘れるとは。修行が足りんぞ、さつき」
「父さん・・・」
「こちらのお嬢さんも、な。さつきとここまで張り合うとは大したもんだが、精神修養の方はまだまだだの」
「あ、えっと・・・す、すみません」
彼は桐山さつきの父にして桐山道場の主、桐山巌(きりやま いわお)であった。
ある用事を済ませて帰ってくるなり、道場から並々ならぬ気勢を感じてやって来たのだ。
「どんな戦いであっても、越えてはならない一線がある。分かるな? 一線を越える時は、命を捨て、命を奪う時だけだ。そもそも我が桐山一天流(きりやまいってんりゅう)は実戦を生き抜く事によって培われた・・・」
自分の受け継いだ流派の事を、巌は熱く語り始める。
いつの間にやら道場に正座をさせられて、延々と話を聞かされるさつきと夕紀であった。
なのに、服さえも切り裂いて体に傷をつけているのは、さつきの技量が達人レベルだという事と、夕紀の速さが尋常なものではないからだ。
二人の全身は汗と汚れにまみれ、そこかしこに痣や切り傷を負って血を滲ませていた。
時間は今日の朝まで戻る。
孝一たちと別れたさつきは『話がある』と夕紀に言われ、さらに『孝一先輩について、重要な話です』と付け加えられた。
孝一を心配そうに見送った夕紀の目を見て、冗談などではないと判断したさつきは、ならばと自分の家で話を聞く事にしたのだった。
「はい、お茶どうぞ」
「あ、お構いなく」
「それで、話って何?」
庭の鹿威しが、小気味よい音を響かせる。
純和風の桐山家の居間でお茶をすすりつつ聞いたさつきに、夕紀がためらいがちに、だがはっきりと言った。
「桐山先輩、孝一先輩の為に戦う事が出来ますか?」
「・・・何ですって?」
「孝一先輩は、今、なにか大きなトラブルに巻き込まれています」
訝しげな顔をするさつきに、夕紀は昨夜公園で起きた事を語り始めた。
外国人の少女に話が及ぶと、さつきも学校での襲撃事件を語り、図らずも情報交換をする形となった。
結果、二人が戦ったのは同一人物だろうという結論に至った。
「・・・つまり、その外人の女の子、あるいはその仲間たちが学校の破壊事件、それに小中学校で生徒たちの気分が悪くなった事件にも関わってるって言うの?」
「私と孝一先輩はそう考えています。全く別の勢力の可能性も捨てきれませんけど」
正体不明の敵が現れ、校舎を破壊するなどし、広範囲で暗躍している可能性。
それが結ばれたばかりの、大切な少年を狙っている。
ならば、さつきの心が決まるのにそう時間がかかる事ではなかった。
「・・・それで、あなたはどうするつもりなの?」
「当然、戦いますよ。私にとって孝一先輩は仕える主も同然です。それこそ一生側にいるつもりですから」
「忍者の末裔の意地か。ふふ、後輩にばっか、いいカッコさせる訳にはいかないねぇ。何より、孝一にはこの道場を私と一緒に継いでもらわなきゃならないんだから」
うふふふふふふ、と低い笑いを互いにぶつけ合う少女剣士と忍者娘。
水面下での牽制はどんな戦いでも行われる物である。
「それにしても、どうして私に声をかけたの? 上手く一人で孝一を守り切れれば、好感度が一気に上昇してたろうに」
「いくら何でも、一人で相手をするには相手の正体が不明すぎますよ。身近で戦闘が出来そうな人って、桐山先輩しか思いつかなかったし」
「まぁ、私以外には・・・いないわねぇ」
「なんたって、『桐山が抜けば屍の山が出来る』なんて言われた人がご先祖様ですもんね。期待してますよ~?」
お茶を持つ、さつきの手が止まる。
場の雰囲気ががらりと変わり、庭で鳴いていた鳥の声が一斉に消えた。
この部屋と周囲だけが、喧噪と切り離されたように静けさに満ちていった。
「・・・さすが藤林の末裔、か。こっちの事もかなり知ってるみたいね」
「幕末に暗躍した人斬り、『桐山誠三(きりやま せいぞう)』・・・。明治新政府が誕生してからも、色々と陰で活躍してましたからねぇ。ウチの先祖が残した記録で『彼の者、まさに剣の鬼なり』とか、散々愚痴ってましたよ。桐山先輩の家が警察関係に覚えがいいのも、その辺が少なからず関係してるんでしょう?」
「こーりゃ参った、そこまで知ってるとはね。でも、それを言ったらお互い様よ? 時には味方、時には敵として争った麻生の忍びには、何度も煮え湯を飲まされたって、誠三さんの日記に書いてあったわよ」
二人が茶菓子の羊羹をモグモグしながら不敵に笑いあう。
夕紀が自分と桐山家の先祖の関係について知ったのは、祖父母からの情報だ。
聞いた時は『へー、そーなんだー』程度にしか思わなかったのだが、孝一の事件に絡み、さつきとの共闘を考えた時は不思議な縁を感じた。
さつきにしても、夕紀の名字を知った時は『まさかねー』としか考えていなかった。ここで先祖からの因縁を知り、彼女もまた奇妙な縁を感じていた。
「孝一を巡るライバルにして、あいつを守る仲間になるのか。・・・ちょっと待って、そんな危険な状態なのに、何で孝一と離れたの!?」
「昨日の今日で、すぐまた襲ってくるとは考えにくかったからです。あの金髪さん、どうも単独行動をしてたみたいだけど、いきなり呼び戻されたみたいでした。孝一先輩の事を後回しにするような、何らかの用事が出来たと見たんです。直後に学校の破壊と小中学校の事件・・・」
「そっちの方に取りかかって、ひとまず孝一には手を出さないだろう・・・そう読んだ訳?」
「はい」
さつきは内心、舌を巻いた。
この何処にでもいるような後輩の女子高生が、これほど優れた洞察力を持っていたとは。
これも血によるものかと、さつきは彼女に対する認識を大幅に変更するのだった。
「それに・・・、篠宮先輩の邪魔をしたくないってのもありましたしね。何かすっごいお嬢様みたいだったし、セキュリティのしっかりした家の中で・・・っていうなら安心かなって。あの金髪さんも、人のいない時と場所を選んでるみたいですし」
実際には、百合香は孝一と二人だけで出かけてしまい、窮地に陥る事になる。
この点だけは、夕紀の予測が外れてしまったといえるだろう。
ここで、さつきがマネキンのような顔をして両手を上に上げた。
「・・・何ですか? それ」
「脱帽。いやぁ参った! あんた私よりずぅっと頭良いわ!」
「い、いや、その、そう思ったってだけで・・・」
「謙遜しなくていいよ。一緒に戦うのにすっごい頼もしいわ。・・・よし、それじゃあ道場行こうか」
「道場?」
「お互いの実力、知っておく必要があるでしょ?」
道場に移動した二人は、剣道着に着替えて練習用に使われている刃引きの日本刀と小刀を手に、軽く手合わせをする事にしたのだが・・・。
打ち合わせる前に構えを見ただけで、さつきは夕紀がど素人だと見抜いてしまった。
「うーん・・・ごめん、今のあなたとじゃ手合わせできない」
「やっぱり、読気術だけじゃ駄目ですか・・・?」
「駄目ね」
「はぅ」
夕紀はシュンとうなだれる。
読気術をマスターしてるとはいえ、公園で戦う事ができたのはあくまで先祖秘伝の薬のお陰である。それが無ければ夕紀は優秀ではあるが、只のテニス少女に過ぎないのだ。
「強化する薬を飲みなさい」
「でも・・・あれは・・・」
「自惚れないで」
さつきの全身から、殺気が放たれた。
刃で作られた鎖が全身に絡みついて縛り上げたかのように、夕紀の全身が硬直する。
もしも夕紀が多少なりとも忍者としての修行を積み、公園での実践を経験していなかったら、小便を漏らしてへたり込むくらいの事態になっていたかも知れない。
それほどの、容赦の無い殺気であった。
「誠三さんは、その薬を飲んだ麻生の忍びと互角に渡り合ったのよ。私は半人前だけど、今のあなたはそれ以下よ。薬を飲んで、ようやく五分と考えなさい」
「っ・・・分かり、ました」
さつきの鋭い視線を受け止め、夕紀は体を縛っていた殺気を払ってポケットから小さなピルケースを取り出した。
五つに区切られたケースの中には、直径五ミリほどの丸薬が入っていた。それぞれの丸薬は黒、赤、白、青、黄の五色に色分けされている。
強力な力を生み出す先祖伝来の秘薬だが、やはり相応の副作用がある。
軽いものなら数日続く筋肉痛や倦怠感、吐き気や微熱程度で済む。
同時に二種類まで使用するなら、疲労回復・栄養補給の黄色の丸薬を服用すれば副作用はほとんど発生しない。
同時使用が三種類を超えると症状が一気に酷くなる。
四種類ともなると、体の組織が一部崩壊、壊死するなどの可能性も出てくるのだ。
黄色も含めた五種類を同時使用すると、命に関わる。
祖父母からは、絶対に使ってはいけない、とだけきつく忠告されていた。
効果の持続時間は丸薬の量で調整する。
個人差もあるが、一粒で約二十分前後。
夕紀の場合、三十分ほど効果が持続するのを確認している。これだけ長く続くのは希有な例であった。
これは夕紀の体質が、薬の効力を引き出すのに適したものだったからだ。
祖父母は体質の事を知り、後継者として相応しいと大いに喜んだものである。
(あの時と同じ、『疾風』と『仁王』でいくか・・・)
白と黒の丸薬を一粒ずつ飲み込むと、体の中に溶け込んでいくのを感じた。
すぐに使えるように、この秘薬は即効性なのだ。
「お待たせしました」
「オッケー。それじゃ、始めましょ」
「っ!?」
三メートルはあった間合いを、一瞬で詰められた。
閃光のような突きが、夕紀の胸に迫る。
胸に突き刺さると見えた瞬間、夕紀の姿が消えた。
「くっ!!」
さつきは顔を動かしもせず、刀で右の空間を薙ぎ払う。
「きゃあっ!」
それを受け止めたのは、逆手に持った夕紀の小刀であった。
さつきは突きを躱された時、夕紀の気配だけで攻撃の軌道を読んだのだ。
夕紀の方も、瞬時にさつきの死角へ回り込んで攻撃を入れようとした瞬間に読気術で迎撃を悟り、受け止めたのである。
だが、力ではさつきの方が勝っていた。
受け止めた夕紀の体は、そのまま弾き飛ばされてしまった。
着地して体勢を立て直した夕紀に、ゆっくりとさつきが体を向ける。
「け、結構えげつないですねぇ、桐山先輩」
「先手必勝ってね。あなたもたいしたものだわ、あれを躱した上に、ちゃんと反撃するなんて」
会話が途切れる。
今度は夕紀が瞬間移動に近い速さで攻撃に入る。さつきはまたも気配だけでその攻撃を受け止め、夕紀を弾き飛ばす。
はずだった。
伝わるはずの衝撃が来ない事に気づいた時には、背後に回り込んだ夕紀の小刀がさつきの首筋に触れる寸前であった。
その攻撃が空を切る。
深く沈み込んださつきは、その態勢のまま、振り向きざまに夕紀の足下を薙ぐ。
それをジャンプして躱すと、夕紀は再び距離を取った。
「やるわねぇ・・・今のは冷やっとしたわ」
「躱されちゃ、意味ないですよ」
夕紀はスピードを生かした一撃離脱戦法を使い、さつきはそれを迎撃、夕紀には劣るものの驚異的な瞬発力で間合いを詰めて強烈な一撃を見舞う。
後は多少の違いはあれ、このパターンが延々と続き、冒頭のシーンへとつながる事になる。
(やっばいなぁ・・・ムチャクチャ楽しいわ、彼女・・・!)
(桐山先輩やっぱり強い・・・! 何だろう、まだずっとこうしていたい・・・!)
互いの強さを受け止め、認め、ぶつけ合う事に喜びを感じ始めている二人。
特にさつきは、孝一に一本取られた時の感動に近しい物を感じていた。
二人は休憩も取らず、ひたすら剣戟の音を響かせる。
夕紀は薬の効果が切れそうになるたびに、新たな薬を口に放り込んで効果を持続させる。
だが、これはかなり無茶な事をしているのだ。
黄色の丸薬による回復にも限度がある。
強制的な持続時間の延長は、着実に夕紀の動きを鈍らせていった。
一方、さつきも限界が近かった。
鍛え上げているとはいえ、人間離れした夕紀の攻撃をしのぎ、反撃するのは想像以上に体力、精神力を消耗する。
二人とも、終わりが近づいている事を悟っていた。
「はぁ、はぁ・・・そろそろ・・・、終わりにしましょうか・・・」
「ふぅ・・・そう、ですね・・・。ふぅ・・・いい加減、お腹もすいちゃったし」
残った気力と体力を振り絞る。
二人の体が、放たれる寸前の弓矢のように張り詰める。
「はあぁっ!!」
「せえぇぇえぇっ!!」
これまでを上回る速度で、正面からさつきに肉薄する夕紀。
それを上段からの津波のような一撃で迎え撃つさつき。
両者の刃が互いの体に触れそうになったその時、
「それまでぇっ!!」
怒号に近い叫びが、道場に鳴り響いた。
さつきの刀は、夕紀の額を割る直前で動きを止める。
夕紀の小刀も、さつきの胸に突き刺さる寸前で止められた。
怒号の主が、道場の明かりをつけて入ってくる。
顔中に髭を生やしている、厳つい男だった。パリッとしたスーツに身を包んでいるが、それは内側の筋肉に押され、その形を表面に浮かび上がらせていた。
全身から放たれる迫力は、さながら野生の熊を思わせるものだ。
「まったく、興奮に溺れて加減を忘れるとは。修行が足りんぞ、さつき」
「父さん・・・」
「こちらのお嬢さんも、な。さつきとここまで張り合うとは大したもんだが、精神修養の方はまだまだだの」
「あ、えっと・・・す、すみません」
彼は桐山さつきの父にして桐山道場の主、桐山巌(きりやま いわお)であった。
ある用事を済ませて帰ってくるなり、道場から並々ならぬ気勢を感じてやって来たのだ。
「どんな戦いであっても、越えてはならない一線がある。分かるな? 一線を越える時は、命を捨て、命を奪う時だけだ。そもそも我が桐山一天流(きりやまいってんりゅう)は実戦を生き抜く事によって培われた・・・」
自分の受け継いだ流派の事を、巌は熱く語り始める。
いつの間にやら道場に正座をさせられて、延々と話を聞かされるさつきと夕紀であった。
どうも~更新お疲れ様です。
久しぶりの二人の登場ですね。
しかし…さつき強え……これに主人公勝ったことあるんだっけ?
まあ手加減してたんでしょうが気に入られるのも当然だなあ。
しかしこれで半人前と習いだした素人?…先が怖え!
それではまた~
久しぶりの二人の登場ですね。
しかし…さつき強え……これに主人公勝ったことあるんだっけ?
まあ手加減してたんでしょうが気に入られるのも当然だなあ。
しかしこれで半人前と習いだした素人?…先が怖え!
それではまた~
2009/04/18(Sat) 23:36 | URL | ソウシ | 【編集】
執筆ご苦労さまです。
やっぱりさつきは強いなぁ^^
てかデフォルトでこんだけ強いってすげぇw
それにドーピングしてるとはいえついていく夕紀もそうとうだけどw
これも愛のなせる業か?www
しかし、やはりこの二人の戦闘力は別格な気がする。
これからもがんばってください。
やっぱりさつきは強いなぁ^^
てかデフォルトでこんだけ強いってすげぇw
それにドーピングしてるとはいえついていく夕紀もそうとうだけどw
これも愛のなせる業か?www
しかし、やはりこの二人の戦闘力は別格な気がする。
これからもがんばってください。
2009/04/19(Sun) 08:18 | URL | sk | 【編集】
>>ソウシ さん
本当に二人とも久しぶりの登場です。
久しぶり過ぎて、改めて設定を見直したりしたのは公然の秘密ですw(ぉ
孝一がさつきから一本取ったのは、散々叩きのめされた後ですけどもねw
まぁ、孝一は運動神経はいい方だったりします。
生活費を稼ぐためにバイトをしているので、部活動をする暇がないのです。
もししていたら、結構いい成績を残しているでしょう。
>>sk さん
さつきが本気を出せば、同年代で勝てる人間は皆無といっていい位です。
本文にもちと書きましたが、さつきの修めている桐山一天流はれっきとした殺人剣です。
父親の巌も、若い頃は警察の捜査に協力して凶悪犯をぶちのめしたりしてる猛者だったりしますw
夕紀の方は伊賀と甲賀の血を引いてるだけあって、潜在的には超一流の能力を持っています。
読気術をすぐにマスターしたり、薬の効能を引き出しやすい体質などにその片鱗が見えています。
これからの修行で、何処まで伸びるかが問題ですね~。
本当に二人とも久しぶりの登場です。
久しぶり過ぎて、改めて設定を見直したりしたのは公然の秘密ですw(ぉ
孝一がさつきから一本取ったのは、散々叩きのめされた後ですけどもねw
まぁ、孝一は運動神経はいい方だったりします。
生活費を稼ぐためにバイトをしているので、部活動をする暇がないのです。
もししていたら、結構いい成績を残しているでしょう。
>>sk さん
さつきが本気を出せば、同年代で勝てる人間は皆無といっていい位です。
本文にもちと書きましたが、さつきの修めている桐山一天流はれっきとした殺人剣です。
父親の巌も、若い頃は警察の捜査に協力して凶悪犯をぶちのめしたりしてる猛者だったりしますw
夕紀の方は伊賀と甲賀の血を引いてるだけあって、潜在的には超一流の能力を持っています。
読気術をすぐにマスターしたり、薬の効能を引き出しやすい体質などにその片鱗が見えています。
これからの修行で、何処まで伸びるかが問題ですね~。
2009/04/21(Tue) 09:18 | URL | HEKS | 【編集】
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