2008年01月27日 (日)
孝一が運命改変薬を飲み、一人暮らしを始めた翌日の夜の事である。
彼が祖父と共に住んでいた屋敷は彼の叔父にあたる人物が相続し、家族で移り住んでいた。
邪魔な兄夫婦の遺児である孝一を追い出し、屋敷の新たな主となった彼は友人を招き、上機嫌で宴会を開いていた。
かなり騒々しい宴会であったが、元々が広い敷地を持つ屋敷である為にその喧騒は近隣の家々には届くことは無かった。
その屋敷の屋根の上に、一人の少女の姿があった。黒いシャツの上に黒のジャケットを着て、黒いデニムと黒いブーツという黒ずくめの姿。
だが、背中にかかるほどに伸ばされた髪は美しい金髪であった。
彼が祖父と共に住んでいた屋敷は彼の叔父にあたる人物が相続し、家族で移り住んでいた。
邪魔な兄夫婦の遺児である孝一を追い出し、屋敷の新たな主となった彼は友人を招き、上機嫌で宴会を開いていた。
かなり騒々しい宴会であったが、元々が広い敷地を持つ屋敷である為にその喧騒は近隣の家々には届くことは無かった。
その屋敷の屋根の上に、一人の少女の姿があった。黒いシャツの上に黒のジャケットを着て、黒いデニムと黒いブーツという黒ずくめの姿。
だが、背中にかかるほどに伸ばされた髪は美しい金髪であった。
彼女は懐から小さな箱を取り出すと、その蓋を開けた。中には不思議な光沢を放つ白い砂が入っている。
少女の唇が何かを呟くと、その砂がサラサラと宙に舞い上がった。
無風であるにもかかわらず、風に乗って流れて行くように足元の屋敷へと向かって行く。窓や障子、壁の僅かな隙間から中に入り込んだ砂は、中で騒いでいる人間達や、家人たちの目蓋にそっと纏わり付いた。
ばたり、と一人が口に焼きスルメをくわえたまま大の字に倒れ、大きなイビキをかき始めた。それが合図だったかのように、騒いでいた人間達は次々に倒れると深い眠りへと落ちていった。
少女が砂を取り出してから、ものの二分程度でこの屋敷内に居る人間全てが眠ってしまっていた。
「・・・そろそろ良さそうね」
そう呟くと、金髪の少女は右手に嵌めていたブレスレットを外して傾斜した屋根の上に落ちないよう静かに置いた。
口の中で呪文のような言葉を静かに紡ぐ。
ブレスレットが淡く、青白く光り、ゆっくりと上昇していく。
浮かび上がったブレスレットは 少女の目の高さまで昇ると動きを止めた。
「この屋敷の敷地内で、起きている人間は?」
ブレスレットに問いかけると、青白い光が銀色に変化した。
『NO』の反応である。
「さすがお父様の創った『砂男の砂』ね、見事な効き目だわ」
薄く笑った少女の目には父に対する尊敬の色が強く浮かんでいるが、その頬は薄く朱に染まり、それ以上の感情を抱いている事をうかがわせた。
彼女は次の質問をブレスレットにした。
「秘本と秘薬はこの屋敷内にある?」
青白い光に戻っていたブレスレットは、再び銀色に光る。
それを見て、少女は屋根の上を移動して敷地内を見回すと、庭の一角に建てられた土蔵に目を留めた。
フワフワと彼女の後を付いて飛んできたブレスレットに質問する。
「あの建物の中にある?」
光がまた銀色に変わった。
少女の顔に、焦りの色が浮かぶ。
「どういう事・・・? まさか、既に持ち出されたの!?」
光が金色に変わった。
『YES』の反応である。
その光を見て、少女は悔しげに唇を噛んだ。
「そんな・・・」
しばらく土蔵を睨むように見つめた少女だったが、何かを思いついたようにブレスレットに質問をした。
「持ち出されたのは最近!?」
金色に光った。
このブレスレットは錬金術で生み出され、彼女の家に伝わっていた秘具である。どんな質問にでも答える事ができ、『YES』を金の光、『NO』を銀の光で答えてくれる。
しかし、答えは二択でしか分からないので詳細を知ろうとすると手間がかかる上に有効範囲もあり、せいぜい直径二百メートル程度の中にある物に関する事にしか答えられない代物だ。
さらに持続時間は十分が限界。一度使うと一ヶ月の間は使えなくなるという欠点があった。
この宇宙の過去・現在・未来の全ての記録が収められているというデータバンク、『アカシックレコード』にアクセスして情報を読み取る道具という事だが、製造技術は既に失われていた。
質問の範囲を『一ヶ月以内?』『二十日以上前?』と、徐々に狭めていき最終的に十日前の夕方、午後五時ごろに土蔵から持ち出されたらしい事を突き止めた。
「日時さえ分かれば十分だわ。持ち出した奴の顔を拝んでやる」
再び呪文のような言葉を呟くとブレスレットは光を失い、差し出された彼女の手の中にポトリと落ちる。ブレスレットを元通りに右腕に嵌めると、彼女は屋根の上から無造作に飛び降りた。
着地の瞬間、加速のついた体が重力に逆らい減速する。
フワリ、と羽のように静かに地に降り立った。
小走りに土蔵に向かい、扉の前に立つ。土蔵を見上げて観察した後、扉に掛けられた年代物の南京錠を手にとって眺めた。
「おかしな仕掛けは無いみたいだけど・・・。無用心すぎて余計に怪しいわね」
少女はポケットから何か小さな物を取り出した。
透明な水晶から削りだして作られたようなそれは、先端の尖った小さなナイフに見える。それを南京錠の鍵穴に差し込むと、彼女はまた呪文のような言葉を呟いた。
鍵穴の中で、透明なナイフはぐにゃりと形を変え、この南京錠を開ける鍵へと変化した。
軽く捻ると、無骨な南京錠はあっさりと開けられてしまった。
内部から錠に合わせて変形し、いかなる鍵でも開けてしまう、正真正銘の『万能鍵』である。
これもまた錬金術で生み出された物だが、これは彼女が創ったオリジナルアイテムであった。
扉に手を掛け、軋む音を立てながらゆっくりと開いてゆく。
月光の差し込む土蔵の中を見回しながら、少女は慎重に歩を進めた。
少女の唇が何かを呟くと、その砂がサラサラと宙に舞い上がった。
無風であるにもかかわらず、風に乗って流れて行くように足元の屋敷へと向かって行く。窓や障子、壁の僅かな隙間から中に入り込んだ砂は、中で騒いでいる人間達や、家人たちの目蓋にそっと纏わり付いた。
ばたり、と一人が口に焼きスルメをくわえたまま大の字に倒れ、大きなイビキをかき始めた。それが合図だったかのように、騒いでいた人間達は次々に倒れると深い眠りへと落ちていった。
少女が砂を取り出してから、ものの二分程度でこの屋敷内に居る人間全てが眠ってしまっていた。
「・・・そろそろ良さそうね」
そう呟くと、金髪の少女は右手に嵌めていたブレスレットを外して傾斜した屋根の上に落ちないよう静かに置いた。
口の中で呪文のような言葉を静かに紡ぐ。
ブレスレットが淡く、青白く光り、ゆっくりと上昇していく。
浮かび上がったブレスレットは 少女の目の高さまで昇ると動きを止めた。
「この屋敷の敷地内で、起きている人間は?」
ブレスレットに問いかけると、青白い光が銀色に変化した。
『NO』の反応である。
「さすがお父様の創った『砂男の砂』ね、見事な効き目だわ」
薄く笑った少女の目には父に対する尊敬の色が強く浮かんでいるが、その頬は薄く朱に染まり、それ以上の感情を抱いている事をうかがわせた。
彼女は次の質問をブレスレットにした。
「秘本と秘薬はこの屋敷内にある?」
青白い光に戻っていたブレスレットは、再び銀色に光る。
それを見て、少女は屋根の上を移動して敷地内を見回すと、庭の一角に建てられた土蔵に目を留めた。
フワフワと彼女の後を付いて飛んできたブレスレットに質問する。
「あの建物の中にある?」
光がまた銀色に変わった。
少女の顔に、焦りの色が浮かぶ。
「どういう事・・・? まさか、既に持ち出されたの!?」
光が金色に変わった。
『YES』の反応である。
その光を見て、少女は悔しげに唇を噛んだ。
「そんな・・・」
しばらく土蔵を睨むように見つめた少女だったが、何かを思いついたようにブレスレットに質問をした。
「持ち出されたのは最近!?」
金色に光った。
このブレスレットは錬金術で生み出され、彼女の家に伝わっていた秘具である。どんな質問にでも答える事ができ、『YES』を金の光、『NO』を銀の光で答えてくれる。
しかし、答えは二択でしか分からないので詳細を知ろうとすると手間がかかる上に有効範囲もあり、せいぜい直径二百メートル程度の中にある物に関する事にしか答えられない代物だ。
さらに持続時間は十分が限界。一度使うと一ヶ月の間は使えなくなるという欠点があった。
この宇宙の過去・現在・未来の全ての記録が収められているというデータバンク、『アカシックレコード』にアクセスして情報を読み取る道具という事だが、製造技術は既に失われていた。
質問の範囲を『一ヶ月以内?』『二十日以上前?』と、徐々に狭めていき最終的に十日前の夕方、午後五時ごろに土蔵から持ち出されたらしい事を突き止めた。
「日時さえ分かれば十分だわ。持ち出した奴の顔を拝んでやる」
再び呪文のような言葉を呟くとブレスレットは光を失い、差し出された彼女の手の中にポトリと落ちる。ブレスレットを元通りに右腕に嵌めると、彼女は屋根の上から無造作に飛び降りた。
着地の瞬間、加速のついた体が重力に逆らい減速する。
フワリ、と羽のように静かに地に降り立った。
小走りに土蔵に向かい、扉の前に立つ。土蔵を見上げて観察した後、扉に掛けられた年代物の南京錠を手にとって眺めた。
「おかしな仕掛けは無いみたいだけど・・・。無用心すぎて余計に怪しいわね」
少女はポケットから何か小さな物を取り出した。
透明な水晶から削りだして作られたようなそれは、先端の尖った小さなナイフに見える。それを南京錠の鍵穴に差し込むと、彼女はまた呪文のような言葉を呟いた。
鍵穴の中で、透明なナイフはぐにゃりと形を変え、この南京錠を開ける鍵へと変化した。
軽く捻ると、無骨な南京錠はあっさりと開けられてしまった。
内部から錠に合わせて変形し、いかなる鍵でも開けてしまう、正真正銘の『万能鍵』である。
これもまた錬金術で生み出された物だが、これは彼女が創ったオリジナルアイテムであった。
扉に手を掛け、軋む音を立てながらゆっくりと開いてゆく。
月光の差し込む土蔵の中を見回しながら、少女は慎重に歩を進めた。
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